日本のお城について

こんにちは!あすなろSTAFFの外川です。
今日はお城について調べてみました。
お城と一口に言っても色々思い浮かべるものは違いますよね!?
立派な大阪城を想像する人もいれば、シンデレラ城のような洋風なお城を想像する方もいらっしゃるかもしれません。
今回僕が調べたのは「日本のお城」についてです。
日本三名城って知ってますか!?この記事を読んで明日お友達に話してみてください♪

お城の種類について

実は日本のお城は大きく三つのタイプに分けることができます。時代とともに建てる場所が変わってきたことが原因みたいですね。早速見ていきましょう!

①山城

戦国時代の初期に好んで建てられた形状です。
このころは戦が絶えなかったので、いかに守りやすく・攻めやすい場所に陣地を置くかが大切だったようです。
確かに、高い場所だと相手の陣形や動きも見渡せますし、相手も攻めるのに一苦労しますからね。
ちなみに写真は川中島の戦いで武田信玄と壮絶な戦いを演じた、越後の龍こと、上杉謙信の居城である春日山城です。毘沙門天の生まれ変わりを自称していましたね。武田信玄と揃えてチェックしておいて下さい。

ただ、この山城。実は大きな欠点があります。
それは物資の支給が大変だということです。兵糧としての米は斜面では育ちませんから、平地から上に物資を運ぶ補給隊も同じく大変だったようですね。
青田刈り(稲が実る前に刈り取って相手の士気を奪う行為)なんてされたらひとたまりもありません。

②平山城

さて、早速問題です。写真の安土城を建てた人は誰でしょうか?
・・・正解は、天下の大うつけ者・織田信長です。
最近は認識が色々変わって凄い人だったんだと言われている信長が滋賀県の琵琶湖の海運を掴むために建てたお城ですね。現在でも見つかっておらず「幻の城」なんて呼ばれています。
さて、賢明な皆さんは気づいたかもしれませんが山城と比べて、全体的に高さが低くなっていますね。これなら補給隊も苦労しなさそうです。
でも、守りの面はどうなんだろうと思いますよね。高い場所の方が守りには適している気がします。。。

そこにはまさに、織田信長が関係しているんです。彼の歴史上の行いを確認してみましょう。
本能寺の変・比叡山焼き討ち・反信長包囲網・将軍家の乗っ取り・楽市楽座の設置・天下布武・桶狭間の戦いの下克上。後ろから振り返ってみましたが一つ大事なことを忘れていましたね。そう、長篠の戦いでの鉄砲の本格的導入です。
種子島にポルトガル人が持ってきた鉄砲という技術、実は昔の鉄砲(火縄銃)は連発することが出来なかったんです。当時の戦の花形は騎馬隊。武田も上杉も北條も戦国初期の大大名は騎馬隊を抱えていましたのでそのスピードに鉄砲ではついていけなかったのです。
そこで信長は考えました。兵を三列に並べて、第一隊が打ち終わった後に第二隊、第三隊と続きその間に第一隊が発砲準備をすれば鉄砲の弱点が無くなるのではないかと。
後に「三段構え」と呼ばれるこの陣形によって当時最強だった武田騎馬軍団を打ち破った衝撃は日の本を駆け巡り、騎馬隊よりも鉄砲隊が主流となっていきました。

それに伴い、わざわざ補給が大変な山の上に陣を構えるよりも、ある程度の高さの場所から迷路のように通路を作り、やってきた敵を鉄砲で一網打尽にした方が効率がいいと考えられるようになり、このような形状へと変化していったのです。

③平城

最後に平城。安土・桃山時代の建築文化の結晶です。
ちなみに写真は大阪城。金しゃちほこがあるのは名古屋だけではないんです。

さて、大阪城の城主で有名なのは分かりますか?
農民から大出世を果たした太閤・豊臣秀吉です。彼は豪華爛漫なものが好きで大阪城もド派手に、甲冑もド派手に、茶の湯さえもド派手にして千利休と大喧嘩しましたね。詫びさびを愛する利休とは馬が合わなかったのでしょう。

豊臣秀吉の時代になってくると戦も頻発しなくなり、大きな戦いこそあったにせよ、守りや攻めの拠点としてよりも、文化や心の拠り所としての意味合いが強くなっていきました。
なのでなるべく豪華に、そして人々から見やすいような場所に建てるようになっていったのです。立派なお城が大体平城なのもこの理由が大きいです。

悲しいことに守りにはもろかったため、大阪城も江戸城も名古屋城もレプリカです。今も天守閣が残っているお城は12城しかありませんが、山城や平山城が多いです。

日本三名城と現存12天守

お待たせいたしました。日本3名城の紹介です!!

としたいのですが、実は三名城は”3つ”ではないんです。
何を以って三名城とするかは諸説あるらしく、候補たちを紹介していくので皆さんの中での三名城を決めてください!
※ちなみに江戸城は「別格」らしいです。流石200年続いた徳川家です。

ノミネートNo.1:大阪城

先ほども平城の紹介で登場しました。有名な城主は豊臣秀吉です。
実は二度の大坂の陣で徳川家によって壊されてしまったので今のお城は大正時代に作られたレプリカです。

ノミネートNo.2:名古屋城

金のしゃちほこで有名な名古屋城です。城主にはなっていませんが建城の指揮をしたのは徳川家康で豊臣家との緊張が走る中、要所として築城したようです。大阪城に似ているのも自分の権威を豊臣家に見せつけようとしたのも理由の一つかもしれません。ちなみにレプリカです。

ノミネートNo.3:熊本城

熊本地震で石垣が崩れてしまった、熊本城。漆黒で存在感を放ちカッコいいですね。
加藤清正が城主としては有名ですね。豊臣七本槍の一人です。
七本槍とは織田信長の後継者争いで秀吉と柴田勝家がぶつかった賤ヶ岳の戦いで名をあげ、のちに大名となった7人の家臣のことです。清正の他には福島正則,加藤嘉明,平野長泰,脇坂安治,糟屋武則,片桐且元がいます。

ノミネートNo.4 : 姫路城

世界遺産となっている、別名白鷺城。白色の上品さが際立つお城です。
城好きの中ではこの姫路城か後述の松本城のどちらかがタイプかでよく議論が分かれます。
築城主は赤松貞範ですが、城主として有名なのは黒田官兵衛の黒田家や池田輝政が有名ですね。池田輝政は築城が巧く、彼の手掛けた城はどれも有名です。

ノミネートNo.5 : 松本城

白と黒のコントラストが美しく、個人的には一番好きな城です。要塞といった感じの重厚感がたまりませんね。
城主としては知る人ぞ知る名将・石川数正が有名です。徳川家に仕え、晩年は豊臣家に寝返った武将です。

現存12天守

余談程度になりますが、実は今も残っているのは以下の12城しかありません。その時の歴史を肌で感じられますので興味のある方は行ってみてください!
弘前城(青森県)、松本城(長野県)、丸岡城(福井県)、犬山城(愛知県)、彦根城(滋賀県)、姫路城(兵庫県)、松江城(島根県)、備中松山城(岡山県)、丸亀城(香川県)、松山城(愛媛県)、宇和島城(愛媛県)、高知城(高知県)

今回お城について調べて一番思ったのは歴史を知っているとより楽しめるということです。ただただ暗記で面白くないように感じてしまう社会ですがこうしてみてみると当時の人々の営みが現代に残っているのだと思うと非常にロマンを感じますね。是非一度教科書を片手に当時の背景を紐解いて歴史を楽しんでください!!

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